
〜忘れられても、心は通じる〜
介護の現場に身を置くと、日々さまざまな出来事に出会います。時には疲れ果て、思わず涙が出そうになることもありますが、そんな日々の中で心がふと温かくなる瞬間が確かにあります。今回は、私が実際に経験した認知症の方との感動的なエピソードをご紹介します。
はじまりは、毎日繰り返される「初対面」
その方は、80代の女性で、アルツハイマー型認知症を患っていました。毎朝のように、「あら、あなたは誰?」と私に尋ねてくるのが日課のようになっていました。
最初は戸惑いました。「また忘れられてしまったのか」と少し寂しい気持ちになったこともあります。でも、ある日を境に、私は考え方を変えることにしたのです。「この方にとって、私は毎日“初めまして”の人。だから、毎回、丁寧にご挨拶をしよう」と。
小さな積み重ねが心をつなぐ
ある日、いつものように「あなたは誰?」と聞かれた私は、「私は○○と申します。今日もご一緒できて嬉しいです」と笑顔で答えました。すると、その方は少し微笑んで、「なんだか、あなたを見ると安心するのよ」と一言。
その瞬間、胸がじんと熱くなりました。名前や顔を覚えていなくても、心のどこかで“安心感”だけは伝わっていたことに、私は感動しました。
それからも、毎日“初対面”のやりとりは続きましたが、そのたびに私は名前を名乗り、笑顔で接しました。少しずつ、「あら、見たことある気がするわね」という言葉が出てくるようになり、やがて「あんた、いつも優しくしてくれる人ね」と言ってくださるように。

思い出ではなく、今この瞬間を共有する
認知症ケアでよく言われるのが「過去ではなく、今この瞬間を大切にする」こと。まさにこの方との関係がそれでした。過去の記憶は消えても、感情や印象は心に残るのです。
一度だけ、その方が「あなたに何度も助けてもらった気がするの」とおっしゃったことがありました。明確な記憶ではなくても、繰り返し関わってきた“温もり”が、心のどこかに残っていたのだと思います。
ご家族との再会、そして涙
ある日、その方のご家族が久しぶりに面会に来られました。娘さんの顔を見ても最初は「どなた?」という反応でしたが、しばらくして「○○ちゃん…?」と娘さんの名前を口にしたのです。
その瞬間、娘さんは号泣し、私たちスタッフももらい泣き。認知症で記憶が曖昧になっていても、大切な人との絆は完全には失われない。改めてそう実感した出来事でした。
忘れられても、心は忘れていない
介護をしていると、「この人はもう私のことなんて覚えていない」と感じてしまうこともあるかもしれません。ですが、たとえ名前を忘れても、日々のふれあいや感情は、ちゃんとその方の心の中に残っているのです。
「また忘れられた」と思わず、「今日もこの方と新しい関係を築こう」と前向きに考えてみてください。きっと、小さな感動の種が生まれ、あなたの介護の原動力になるはずです。
最後に
このエピソードは、私にとって介護のやりがいを再確認させてくれるものでした。認知症の方との関わりは、決して一方通行ではありません。心と心がつながる瞬間は、たとえわずかでも確かに存在します。
この記事が、今悩みながらも頑張っている介護職の方やご家族の方にとって、少しでも励みになれば幸いです。